妻を見送り、人生の「次の場所」を考えることになったとき
― 突然の別れと、東北の実家へ戻るまでの道のり ―
ご夫婦で介護施設に入所されていた、川越市にお住まいの70代男性。
穏やかな日常が続いていましたが、ある日、奥様が先に亡くなられるという出来事が起こりました。
長年連れ添った伴侶との別れは、言葉では言い表せないほどの喪失感を伴います。
「これから、どう生きていけばいいのか」
その問いが、静かに、しかし重く心にのしかかっていました。
「ここに住み続ける意味があるのだろうか」
奥様を見送った後、ご本人は考えるようになります。
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自分ひとりで、このまま埼玉で暮らし続ける意味があるのだろうか
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親族からは「ひとり暮らしは心配だから、実家に戻ってきたら」と言われている
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実家に戻れば、衣食住の心配はいらないとも言ってもらえている
そうした言葉に背中を押される形で、
「できるだけ早く、東北の実家へ戻ろう」
そう決意されました。
しかし、その思いとは裏腹に、現実にはいくつもの壁が立ちはだかっていました。
気持ちとは別に、立ちはだかる現実的な課題
突然の出来事の中で、次々と浮かび上がった悩みは、どれも簡単なものではありませんでした。
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埼玉にある自宅の片付け・売却
親族からは「責任をもって処分してきてほしい」と言われたものの、
何から手をつければよいのか分からない。 -
四十九日を東北で行いたいが、段取りが分からない
誰に相談し、どう進めればよいのか、不安が募る。 -
施設の解約と退去のタイミング
いつ、どのように退去し、どうやって東北へ戻ればよいのか見通しが立たない。 -
車の問題
東北では車がなければ生活できない。
しかし埼玉の自宅にある車は、長期間動かしておらず、バッテリーも上がっている。
修理は? 運転して戻れるのか? それとも別の方法があるのか?
悲しみの最中に、これだけの判断を一人で迫られるのは、とても酷なことです。
「一気に決めなくていい」――少しずつ整理するという選択
私たちはまず、
「今すぐ全部を決めなくていい」
というところからお話を始めました。
喪失感の中では、冷静な判断が難しくなります。
だからこそ、気持ちと現実を切り離し、一つずつ、順番に整理していくことを大切にしました。
施設・親族・ご本人の思いを丁寧にすり合わせる
親族の方、施設側、ご本人、それぞれの思いを電話で確認しながら、
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施設退去はルールを確認し、正式に解約を申し入れる
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体調面を考慮し、車での長距離運転は慎重に検討する
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必要であれば、業者による車の陸送も選択肢として残す
といった形で、「できること」「無理をしないこと」を整理していきました。
車・法要・住まい、それぞれを専門家につなぐ
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動かなくなっていた車は、まず修理と点検を行い、状態を確認
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四十九日の法要については、東北のお寺と連携し、段取りを依頼
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施設退去後の流れや荷物整理も、関係者と役割を分担
ご本人がすべてを抱え込まなくても進められるよう、環境を整えていきました。
「少しずつ前に進んでいる」その実感が、支えになる
奥様を失った悲しみが、すぐに消えることはありません。
それでも、
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今日ひとつ決まった
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ひとつ不安が減った
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次にやることが見えた
その積み重ねが、気持ちを前に向かせてくれます。
「全部が片付いたわけではないけれど、少し安心しました」
そう話された言葉が、とても印象的でした。
人生の節目には、「一緒に考える存在」が必要です
大切な人を失った後、
住む場所、暮らし方、人との関わり方――
人生は大きく変わることがあります。
そんなとき、
手続きだけでなく、気持ちの整理も含めて寄り添える存在がいるかどうかで、
その後の歩みは大きく変わります。
当社では
「何から手をつければいいかわからない」
そんな状態からでも、ゆっくり一緒に考えていくお手伝いをしています。
同じような不安を抱えている方がいらっしゃいましたら、
どうぞ一人で抱え込まず、ご相談ください。
上記サポート事例は、当社グループ会社の株式会社PSE資産プランニングが賛助会員として参画している、一般社団法人 NIPPON終活サポートセンターの身元引受契約に基づく対応事例です。
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